館長保木将夫が、初めて森本草介の描く婦人像に出合ったのは1998年のことでした。その輝くような細密の美しさに心を奪われ、最初にコレクションしたのが森本草介《横になるポーズ》1998年です。その後、森本草介の人物画を中心に写実絵画のコレクションを続け、野田弘志、中山忠彦など、幅が広がっていきました。現在、森本作品は、新作《未来》を含み、最大の33点にのぼっています。
11月に開館1周年を迎えたホキ美術館の写実コレクションは300点を超え、今も増え続けております。写実画家はこの10年で急速に増え、またその技術も日々進歩してきています。画家が対象を見たままに描くことを基本に、それぞれの意図や想いを、1枚の作品に数ヶ月以上の日々をかけて具現化した写実絵画は、その実物をも超えて、見る人に多くのことを語っています。写実の殿堂ホキ美術館は、これまで全国各地から15万人の来館者を迎えました。そしてまた、それを励みに現役作家が切磋琢磨して力作を描きあげています。1周年を迎え、まさに進歩し続けるこれらの写実絵画、なかでも人物画作品を一堂に会し、皆様にご覧いただけることは、この上ない喜びです。
本展のテーマは「人物」です。描きおろし14点を含む、計60点の作品には、老若男女、さまざまな人物像が描かれています。
その「まなざし、微笑み、憂い」の表情にご注目ください。写実画家は、対象となる人物と向き合い、その微妙な表情をとらえ、きめこまやかな肌、しわの一本一本まで、見たままに描くことを基本に、想いを込め、丁寧に仕上げています。
たとえば、モデルとなっているのは、画家の家族、それは妻、息子、娘、父親、従姉妹であったり、友人、作家自身、外国人であったり、そして、恩師、館長、プロのモデルさんもいます。
長い時間をかけて完成に至る写実絵画のモデルは、身近な人物となることも多々あります。ある画家はその人物を良く理解してはじめて絵が描けるとも語っています。
また、「人間は人間にしか興味がもてない」とある作家は語りました。人間の顔は、みなパーツが同じでも多種多様で、世界中にふたつと同じ顔は存在しません。興味はつきない人間というもの。その存在の美――。60作品を一堂に会し、迫力ある人物画の魅力を、どうぞご堪能ください。

森本草介《未来》2011年
その日、静物画用のモチーフがぎっしり詰まったモチーフ棚の扉が開き、中のものがほとんど外に飛び出し落下して壊れ、こぼれ、散らばった。大切にしていたベネチアングラスや花瓶なども割れて、アトリエはめちゃくちゃになり、足の踏み場もなかった。描きかけの絵が2点あったが、そのうち1点は倒れてキャンバスに大きな穴が開いてしまい、とても残念だった。もう一点のこの「未来」のほうは、イーゼルから落下してパレットの上に倒れ、絵の具がべったり着いたが、拭き取ってどうやら事無きを得た。――3月11日のことだ。
「未来」や「希望」などという言葉が吹き飛んでしまうような被災地の惨状の大きさに比べれば、アトリエの被害など取るに足らないことだが・・・・・。
静物でも風景でも人物でも私の全ての作品の底に流れている共通のテーマは「生きる喜び」――生の讃歌で、“生きていて良かった”と思えるような絵を描きたいと常に思っている。そんな気持ちが、難を逃れたこの絵のタイトルに、明るい未来や希望の願いを込めて「未来」と付けさせた気がする。

野田弘志《聖なるもの THE-II》2011年
永い間私は絵画を存在論として考えて来た。それは今も変わらない。というよりそれしか無いと考えている。
日本は古くから観賞の美学に支えられてきた。西欧のように孤独の作家が全人格を賭して創造する美とは対極にある和の美学だ。そういった観賞会に支えられてきた日本の絵画は優しさや巧みさ、様式化や装飾性、叙情や甘美に流されがちだ。ある文芸評論家は現代の芸術家はそれを承知で戦わなければ成り立たないと言ったがリアリズムの画家は100%自分の仕事に徹しなければ成り立つ訳がない。では徹底すれば成り立つのかと言えばそれも違う。徹底することは絶対必要条件でしかない。遅れ馳せながらというより私の場合はもう後が無い。この作品はそんな意味で一念発起の第一作である。
《聖なるもの THE-II》については私の考えることは唯一つ「存在」であり、その絶対化である。ここに絵を描くのではなく、人間を存在させることである。人間は内面的本質を無限に孕んだ実体である。人間の存在そのものが美だ。それを現さなければならない。それが絶対までに高められた時、そこには神聖な空間、そして崇高なるものが現れなければならない。この作品は現在進行中であるが、同時にもう一つ《崇高なるもの》とタイトルしたものと二つをシリーズとして、ライフワークとして描いていきたいと考えている。《崇高なるもの》は人間が唯立っているだけの連作で、《聖なるもの》はその他のもの全て、例えばいろいろのポーズの人間、あるいは骨、死体、胎児、また人間を描かずして人間が描けるか、色々と考えていきたい。これからが私の挑戦である。

生島 浩《月隠(ごも)り》2011年

島村信之《保木館長》2011年
学生時分には祖母や知り合いの肖像を手がけたことがありますが、作風を求め自分探しに奔走し始めてからは、肖像画は自己の介入を拒絶する分野だと未熟故の愚考でこれまで描くのをためらってきました。この度、いざ肖像画を手がける段になって、普段とは勝手の異なる仕事にどう向き合い「形」にしていくか、戸惑いと挑戦の心境で迎える自分がおりました。私の考える「肖像画」は客観視を主観的解釈で明確な形で現前化することだと思うのです。制作の心構えとしてはクールに燃えながら向き合うことが重要だと考えます。私のイメージの中にある保木館長を現実に引っ張りだすことができれば、「作品としても成立するのでは」と思いました。そして館長のいろいろなシーンを思いめぐらせるところからスタートしました。実際には現場での対話やご本人の趣向も加味させていただきながら場当たりでの判断も多々出てまいりました。ただ一点、館長の風格や表情には強い拘りをもって臨んでおりましたので、そこのところは最も気を遣いながら努めたところです。
今回の制作で大切なことをいくつか気づかせていただきました。その中でこれまでの「美しさ」の解釈をより踏み込めたところが収穫でした。「美」は「感じる」ものであって対象を選ばず既に全てに存在していること。そして受け手によって見え方が変わってくること。画家はそれを、対象と真摯に向き合うことで意識的に「宿す」或いは「探り出す」ことができるのだと。

五味文彦《寡黙に、そしてじょう舌に》2011年
人の顔、特に女性の顔ほどやっかいなものはない。英語のパーソナリティの語源といわれるラテン語のペルソナは、もともと仮面を意味するという。口を閉ざしたモデルの顔は仮面かもしれない。そしてその仮面は、とてもじょう舌である。物語を語っているかもしれないし、彼女の日記かもしれない。いや、単に退屈さを訴えているのか? ひょっとして泣いているのだとすれば、これは信じてはならぬ、などと堂々巡りしてしまう。一杯飲みながら仮面の裏の謎の楼閣に迷い込み、耽溺してしまうのは楽しみですらある。
私は今まで、静物画を主に描いてきた。モチーフはパンであり、レモンであり、レースや銀器……等々。彼らは大人しく寡黙であり、私が話しかけない限り喋ってくれない。一つひとつ丁寧になでてゆくにつれ、いい香りがしたり、口の中が酸っぱくなったり、手の込んだ匠の技が見えてくる。細部を克明に、一筆一筆描いてゆくと、質感の中に私の存在が溺れ込んでゆく。けれども私の気持ちが離れると、モチーフたちはその輝きを失い、ろう細工の様な無表情に戻ってしまうのだが、静物画は慣れ親しんだ世界だ。
今回久し振りに人物画に挑戦したのだが、寡黙な対象からじょう舌な対象への変化は衝撃であり、正直にいえばやりづらかった。初めてでないにしても異国の地で闘うような気持ちであった。この先、この人物画が私にどのような影響を与えるか、考えてゆきたい。

藤原秀一《待ちぶせ》2011年
私自身は町育ちで、子供の頃、川遊びの経験はありません。しかし、田舎に居を移してからは、子供と川で遊ぶことが増えました。ここは水がきれいで 生きものが数多く生息しています。カワムツ・ムギツク・ヨシノボリ・シマドジョウ・オヤニラミなど、私にとって初めて見るものばかりです。石の下には、ヤゴやサワガニ。梅雨時にはホタル。カジカガエルの鳴き声が美しいということも知りました。
この絵は、そんな豊かな川での子供達の一場面です。はじめはそれらしいポーズをとらせたりしましたが、そこは子供、すぐに飽きてしまいました。仕方がないので 自由に遊ばせました。それぞれが魚とりに興じます。しばらくして弟のほうが岩の上に座り、魚を待ちぶせしています。兄が気になって後ろからのぞきこみます。
・・・残念ながらこの待ちぶせは失敗に終わりましたが、私には大きな収穫でした。
わが子を描くということは、描き手としての目と、親としての目との両方で描くということで、とても新鮮でした。自身の美意識で以って、(モデルの造形はともかく)想いのこめられる対象を描き、作品として成立させる。その難しさと喜びを実感しました。
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