ホキ美術館開館4周年企画ー描くために生きるー野田弘志展

2014年11月21日(金)―2015年5月17日(日)

いよいよ写実絵画界の巨匠、野田弘志の画業を振り返る展覧会を開催することになりました。
これまでも多くのファンより望まれておりましたが本展は30歳代のデビュー作品から最新作までホキ美術館所蔵の24点と他館所蔵の3点を一堂にご覧いただける貴重な機会となります。

ホキ美術館所蔵作家の大半は、野田弘志の薫陶を受けているといっても過言ではありません。
1960年代の抽象絵画全盛時代にあっても写実に真っ向から取り組み、魅力あふれる人柄から、名実ともにリーダーとして今日まで写実界を牽引してきた野田弘志。
ホキ美術館は常に被写体の「存在の重み」を表現しようとする野田の重厚な写実作品24点を所蔵しています。
長い時間をかけて年に1~2点のみ仕上げる貴重な野田作品は、等身大の人物像、風景画、静物画からなります。本展は、さらに個人蔵のスケッチや豊橋市立美術博物館蔵の初期の作品を加え、54年に及ぶ画業を振り返る貴重な展覧会となります。
「生きるために描くのではない。描くために生きるのだ」と語る野田弘志にとって最も貴重なのは作品制作にかける時間であり、いま、全身全霊で作品制作に挑んでいます。
本展では、縦2メートル横1.5メートルの《崇高なるもの》シリーズの新作を発表しています。
2014年には、7年ぶりの画集の出版とともに、ドキュメンタリー映画「魂のリアリズム 画家 野田弘志」が完成し、2014年8月23日よりテアトル新宿ほか、全国各地で公開しました。

野田弘志の歩んできた道のり
1936年、野田弘志は韓国に生まれ、中国で過ごした後、福山を経て豊橋市で中学・高校時代を過ごす。
20歳で画家をめざし上京。東京藝術大学の小磯良平教室で学ぶ。
卒業後はイラストレーターとしても活躍するが、胃潰瘍を患い入院をきっかけに人生を見つめ直し、34歳のとき銀座の個展で鮮烈なデビューを飾り、画家の道を決意する。
翌年にはやませみが飛ぶ姿を描き、迫真の描写力で画壇を震撼させた。
1983年には、加賀乙彦作の新聞小説『湿原』の挿絵を担当し、来る日も来る日も鉛筆で細密な写実画を描き朝刊に発表し、話題となった。
1995年には、広島市立大学の芸術学部教授として迎えられ、広島や福山などに写実絵画の拠点を作り、多くの若手画家を育ててきた。広島市立大学は、今や日本で写実絵画を学べる数少ない大学といえる。そこには野田の紹介で教鞭を執ることになった画家がいる。
磯江毅、大矢英雄、諏訪敦である。野田が主宰した現代写実絵画研究所には、大畑稔浩、芳川誠、磯江毅、沢田光春、小川泰弘、後に五味文彦、諏訪敦、小尾修ほか、広島市立大学の教え子に永山優子、廣戸絵美など、いま写実界で活躍する画家を数えれば枚挙にいとまがない。
また1995年から北海道にアトリエをもち、2006年には伊達市噴火湾アートビレッジの芸術監督として、壮瞥町にアトリエを移し、伊達市で画塾「野田・永山塾」を開講。後進の育成に努めながら制作を続けている。

いま、テーマとしているのは「崇高なるもの」と「聖なるもの」の二つのシリーズ。
崇高なるものは人間をテーマに縦2メートル、横1.5メートルのキャンバスに、実物大よりも少し大きな人間が、ただ立っている姿を描いた作品だ。
「僕はヨーロッパ的なものを追求したいので崇高壮大を目指します。ギリシャが作った彫刻はみな大きい。本当は3メーターで描きたいのですが、発表する場は縦2メーターが限界だったのでそう決めてしまいました」。
人間とは何か。2人として同じ人間はいない。生まれて生きて、やがて死んでいく。
「こんな不思議な神秘なものはないですね。人間存在くらいすごいものはない。それを描くべきです。存在の深さを描くべきです」。野田弘志が描く、血が通い、考え、生きている人物像。
2012年に、ホキ美術館の創設者である保木将夫と詩人の谷川俊太郎を描いた。
モデルとなった2人には北海道にある天井高5メートルの広いアトリエで、グレーをバックに立ってもらい、何百枚と野田自身が撮影した中から1枚を選び制作を進めた。
そして本展のために、シリーズ5作目となるピアニストの岩崎淑氏を制作した。
「聖なるもの」シリーズは、生と死をテーマにした作品である。画集の表紙にもなっている《聖なるもの THE-IV》は、2メートル×2メートルのキャンバスに、庭の片隅でみつけた鳥の巣と卵を描いた作品。
小さな鳥が枝葉を集めて精巧に作り出した巣は神秘の塊のようである。そして残された2個の卵。

「芸術で一番大切なのは精神、人間の魂だと思うのです。その結晶が芸術だと思いますし、「死すべき人間、では何をすべきか」ということだと思うのです。人間として生まれて宿命を背負っていやおうなしに死ななければいけないのですから、それを真剣に考えたところで、その上に出てくるものがリアリズムだと思う。つまり哲学があってリアリズムがある。スペインのロペスという同い年のリアリズムの絵描きが「哲学がない絵はリアリズムでない」と言っている。
リアリズムの一番の巨匠はレオナルド・ダ・ヴィンチですが、ダヴィンチもまた「絵画とは哲学的なことがらである」と言っている。存在の本質の第一原理まで行き着くことのできる世界だと。そういったものを追求するのがリアリズムで、残された時間を、全精神をつくして知り、視て、考えて、描きたい。それを実行するのみです」。

野田弘志のことば
哲学がなければ芸術ではない。全精神をつくして知ること。全精神をつくして見ること。全精神をつくして考えること。全精神をつくして描くことを実行していきたい。人は美しい。生まれて、生きて、消える。かけがえのない大事な時間、そのことこそが美です。それを描きたい。純粋に本当に見つめることをする。邪魔なものは一切捨てる。余分なものはいらない。単純化です。「単純は偉大なり」。それこそが「存在を描く」ということ。

野田 弘志(のだ ひろし)
1936年、韓国・全羅南道生まれ(本籍 広島県)。
1960年、白日会展白日賞(61 プールヴー賞、1962~1998会員、1982 内閣総理大臣賞)。
1961年、東京藝術大学美術学部油画科卒業。安井賞展(1971~1974、1978)。
1970年、初個展(銀座三越)。1973年、新鋭選抜展優賞(1974)。
1980年、明日への具象展(1981、1982)。1983年、朝日新聞連載小説『湿原』(加賀乙彦著)の挿画担当。
1990年、ベルギーで個展(ヴェラヌマン美術館 1994)。
1991年、安田火災東郷青児美術館大賞。1994年、宮本三郎記念賞。
1995年、広島市立大学芸術学部教授就任(~2005)。
1996年、現代リアリズム展(ポスコ・ギャラリー 韓国)。
2002年、写実~レアリスム絵画の現在展(奈良県立美術館)。
2003年、現代写実絵画研究所同人展「存在の美学」(日本橋髙島屋ほか全国巡回)。
2006年、北海道伊達市に絵画教室〈野田・永山塾〉開講。
2007年、回顧展 写実の彼方に(日本橋髙島屋ほか全国巡回)。
2008年、野田弘志展(本間美術館)。
2010年、『リアリズム絵画入門』刊行(芸術新聞社)。存在の美学―伊達市噴火湾文化研究所同人展(日本橋高島屋ほか全国巡回 2012)。「見つめる」(川口市立アートギャラリー・アトリア)。
2014年、『聖なるもの 野田弘志画集』(求龍堂刊)、ドキュメンタリー映画「魂のリアリズム画家 野田弘志」公開。
現在、無所属。

ホキ美術館開館4周年企画 ホキ美術館名品展2014

2014年の秋に開館4周年を迎えたホキ美術館は、開館以来、現役作家を中心とした写実絵画を専門に収集しており、画家同士もこの美術館に展示されることで切磋琢磨しながら新たな写実表現を模索し続けています。
そしてコレクションは、年を追うごとにより厳選されたものとなってきました。
本展では、ホキ美術館所蔵約350点のなかでも、大作を中心に約20作家43点の名品を集め展示いたします。
昨秋の「私の代表作」コーナー展示替えに伴い、地下2階に展示されていた代表作家の100号以上の大作をギャラリー1でご覧いただけます。

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